大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京高等裁判所 昭和42年(ネ)2698号 判決 1973年3月27日

控訴人

株式会社グローバル・プロダクション

右代表者

ヨシノ ユズル

右訴訟代理人

奥一夫

被控訴人

矢口さちえ

右訴訟代理人

長野法夫

主文

本件控訴を棄却する。

控訴費用は、控訴人の負担とする。

事実

第一  当事者の求めた裁判<略>

第二  甲事件について、控訴人の陳述した請求の原因

一  訴外トランス・グローバル株式会社は、テレビ用映画フィルムの輸入及び国内配給を業とする会社であるが、アメリカ合衆国オフイシアル・フィルム社から、同社が著作権を有する「PETER GUNN」という題名の音声入り(会話は英語)テレビ映画フィルムにつき、また、同国エヌ・ジー・エム社から、同社が著作権を有する「NORTH-WEST PASSAGE」という題名の音声入り(会話は英語)テレビ映画フィルムにつき、それぞれ日本国内における独占的排他的配給権の付与を受けるとともに、これを日本人向きに翻訳編集替えをすることを許諾されて、本邦に輸入し、日本語版録音テープの製作を専属的に請負つていた控訴会社に対し、その音声吹替のため、右各テレビ映画フィルム(以下「本件各フィルム」という。)の日本語版録音テープの製作を請負わせた。

二  そこで、控訴会社は、被控訴人に対し本件各フィルムの会話のみを抽出集録した各英文台本を日本語に翻訳することを依頼し、被控訴人はこれを承諾して翻訳を完了し、翻訳台本を作成して控訴会社に交付した。この翻訳台本そのものについては、被控訴人が翻訳著作権を有するものである。

三  しかし、テレビ映画を日本語版テレビ映画に編成替えするについては、右翻訳台本をそのまま使用することはできないから、控訴人会社は、英語版のものを映写しながら、人物の声色、声の高低、会話の遅速、音響効果、各場面の情景等あらゆる条件に即応するように、右翻訳台本に然るべき修正変更を加えて、本件各フィルムについての日本語版「ピーター・ガン」という題名の録音テープ及び「壮烈西部遊撃隊」という題名の録音テープ(以下「本件各テープ」という。)を完成した。

このように、被控訴人の作成した翻訳台本を修正変更して使用することについては、控訴会社と被控訴人との間で、本件各フィルムの英文台本の翻訳依頼契約をするに際し、暗黙の了解があつたものである。したがつて、本件各テープについては、被控訴人の前記翻訳著作権とは別個の著作権が成立し、この著作権は控訴会社に属するものである。また、製作された本件各テープを各テレビ局に配給して放映放送することについても、前同様、被控訴人は暗黙の了解を与えていたものである。

四  ところが、訴外会社が本件各フィルムとともに本件各テープを国内のテレビ放送局に配給していたところ、被控訴人の代理人である社団法人日本放送作家協会(以下「協会」という。)は、被控訴人の意を受けて、

(一)  昭和四〇年八月中、本件フィルム及びテープのうち「壮烈西部遊撃隊」を放映放送していた南日本テレビ放送局及び「ピーター・ガン」を放映放送していた熊本テレビ放送局に対し、電話をもつて、本件各テープは被控訴人の翻訳により製作されたものであつて、被控訴人が翻訳著作権をもつているものであるから、これを本件各フィルムの放映に際し放送するのであれば、被控訴人に対し使用料を支払わねばならない旨の申入れをし、

(二)  昭和四〇年一一月ころ、訴外民間放送連盟を介して全国の各テレビ放送局に対し、被控訴人が本件各フィルムの台本の翻訳をした旨の記載を含む翻訳リストを送付し、本件テープは被控訴人の翻訳に基づいて製作されたもので、被控訴人が翻訳著作権を有するものであるから、本件各フィルムの放映に際し本件テープを放送する場合には、被控訴人の了解を得るか、または被控訴人に使用料の支払を要する旨を通告した。

五  ところで、国内の各テレビ放送局及びその関係者等は、訴外会社の配給するテレビ用映画フィルムの日本語版はすべて控訴会社が請負い製作したものであることを熟知しており、かつ、それは控訴会社が正規の手続を経て製作するものであつて、その放映放送により、著作権使用料などに関し他から非難を受けるようなことはないものと固く信用されていたものである。しかるに、前項記載のような被控訴人の代理人である協会のした申入れないし通告は、関係テレビ局およびその関係者らに対し、控訴会社が製作し、訴外会社の配給した本件各テープについて、翻訳著作権を有する被控訴人の承諾を得ずに製作されたものであり、かつ、支払うべき著作権使用料を支払わずに踏み倒しているような印象を与えるものであつたため、控訴会社がすでに業界で得ていた営業上の信用を著しく害してしまつた。被控訴人のとつたこのような措置は、本件各テープをテレビ局に配給して放送放映することについて被控訴人がさきに控訴会社に与えていた暗黙の了解に反するものであるのみならず、かりに、そのような暗黙の了解がなかつたにせよ、翻訳台本について著作権を有する者としての正当な権利行使の範囲を逸脱して、あたかも、ことさら、本件各テープを製作した控訴会社が控訴人に支払うべき使用料を踏み倒しているかのような印象を与えようとしたものというべく、いずれにせよ、控訴会社に対する不法行為を構成するものといわなければなならい。そして、このようにして害された控訴会社の営業上の信用を金銭賠償により回復するためには、金二〇〇万円の支払をもつて相当とする。

六  一方、控訴会社は、被控訴人に対し金四八、〇〇〇円の翻訳料支払義務を負担していたので、昭和四一年二月八日午前一〇時の原審口頭弁論期日に、右債務と前記損害賠償債権とを対当額で相殺する旨の意思表示をした。

七  よつて、被控訴人に対し、右損害賠償残金一、九五二、〇〇〇円及びこれに対する昭和四〇年八月二九日(本件訴状送達の日の翌日)から完済まで年五分の民事法定利率による遅延損害金の支払いを求める。

第三  甲事件について被控訴人の陳述した答弁

一  請求の原因第一項の事実中、本件各フィルムが控訴会社主張のとおり輸入されたことは認めるが、訴外会社の業務内容及び訴外会社と控訴会社との関係並びに控訴会社が本件各フィルムの日本語版録音テープの製作を請負つたものかどうかは知らない。同第二項の事実は認める。同第三項の事実中、控訴会社が被控訴人の作成した翻訳台本に修正変更を加えて本件各テープを製作したこと、本件各テープについて、被控訴人の翻訳著作権とは別個の、控訴会社に属する著作権が成立していることは認めるが、控訴会社と被控訴人との間に、翻訳台本を修正変更して使用すること及び製作された本件各テープを各テレビ局に配給して放映することについて、暗黙の了解があつたことは否認する。同第四項の事実中、協会が昭和四〇年八月中、「壮烈西部遊撃隊」を放映放送していた南日本テレビ放送局及び「ピーター・ガン」を放映放送していた熊本テレビ放送局に対して電話したことは認めるが、その余の事実は否認する。同第五項の事実中、国内の各テレビ放送局及び関係者等が訴外会社の配給するテレビ用映画フィルムの日本語版はすべて控訴会社が請負い製作したものであることは熟知しており、控訴会社にその主張のような営業上の信用があつたことは知らない。その余の事実は否認する。同第六項の事実は認める。

二  本件各テープは、被控訴人の作成した翻訳台本に基づいて製作されたものであるから、被控訴人はこれについて旧著作権法(明治三二年法律第三九号)第二一条に基づく翻訳著作権を有するものである。このことは、控訴会社が本件各テープについて別個の著作権を有することと矛盾するものではない。

三  協会は、その目的である著作権監視業務の一つとして、本件各テープを使用していた南日本テレビ及び熊本テレビ各放送局に対し、協会の会員である被控訴人が翻訳著作権に基づく使用料の支払を受けるべき場合に該当するかどうかを調査するため、被控訴人の了解を得たうえ、独自の立場で、本件各テープの放送開始日と購入先とを電話で問い合わせたものであつて、協会の目的たる事業遂行のためのものであり、被控訴人の代理人としてしたのではない。

そして、協会のしたことが控訴会社の信用を毀損するようなものでなかつたことは、右の事実から明らかであり、いずれにしても控訴会社の本訴請求は失当である。

第四  乙事件について被控訴人の陳述した請求原因

一  被控訴人は、控訴会社から、日本語版題名「すてきなリッキー」の外国テレビ映画フィルム台本の日本語への翻訳を依頼され、昭和四〇年七月末日から同年八月一六日までの間に、「仕返しをされたリッキー」、「ただ今猛勉中」、「すてきな実験」、「女性はこわい」、「夏休みのプラン」、「紳士協定」の合計六本分のテレビ映画フィルム台本を日本語に翻訳して控訴会社に渡したところ、控訴会社は被控訴人に対し、その翻訳料として、一本につき金八、〇〇〇円の割合で、合計金四八、〇〇〇円を同年九月一五日に支払う旨約諾した。

二  よつて、被控訴人は控訴会社に対し、右翻訳料金四八、〇〇〇円及びこれに対する昭和四〇年一一月三〇日(本件訴状送達の日の翌日)から完済まで年五分の民事法定利率による遅延損害金の支払を求める。

第五  乙事件について控訴会社の陳述した答弁

一  被控訴人主張の請求原因事実は認める。

二  しかし、控訴会社が被控訴人に対し負担する右翻訳料債務は、すでに控訴会社が甲事件においてした相殺の意思表示により、全部消滅したから、被控訴人の請求は失当である。

第六  証拠関係<略>

理由

一甲事件の判断

原審及び当審における証人Rの各証言によれば、訴外会社はテレビ用映画フィルムの輸入及び国内配給を業とする会社であり、控訴会社はその日本語版録音テープの製作を専属的に請負つていた会社であること、訴外会社が本件各フィルムを控訴会社主張のとおりに輸入して(右輸入の点は争いがない)、その音声吹替のため日本語版録音テープの製作を控訴会社に請負わせたことを認めることができる。他にこの認定を動かすに足る証拠はない。

次いで、控訴会社が被控訴人に対し、本件各フィルムの会話のみを抽出集録した英文台本を日本語に翻訳することを依頼し、被控訴人がこれを承諾して翻訳を完了し、翻訳台本を作成して控訴会社に交付したこと、控訴会社が右翻訳台本に修正変更を加えて本件各テープを製作したこと、右翻訳台本については被控訴人が翻訳著作権を有し、本件各テープについては、右翻訳著作権とは別個の、控訴会社に属する著作権が成立していること、以上の事実は当事者間に争いがない。

控訴会社は、右のように被控訴人の作成した翻訳台本に基づいて製作された本件各テープを本件各フィルムと共にテレビ局に配給して放映放送することについては、被控訴人との間で翻訳依頼契約をした際、暗黙の了解があつた旨主張するが、これを認めるに足る的確な証拠はない。

ところで、さらに、控訴会社は、被控訴人が翻訳著作権を有する者としての正当な権利行使の範囲を逸脱して、控訴会社の営業上の信用をことさら毀損した旨主張するので、以下この点について検討する。

原審証人K、S、T、Iの各証言及び原審における被控訴人本人尋問の結果を総合すると、次の事実を認めることができる。

訴外会社が本件フィルムとともに本件テープを国内のテレビ放送局に配給して、その放送放映が行なわれていたところ、昭和四〇年七月頃、会員の著作権が不当に侵害されることのないように監視することを業務目的の一つとしている協会において、著作権問題の担当職員であつたSが、当時問題になりはじめていた翻訳著作権に基づく著作物利用の対価(使用料)の徴収について調査中に、会員である被控訴人の翻訳にかかる本件各テープがテレビ放送に用いられていることを知り、これは、被控訴人の有する翻訳著作権に基づいて使用料を請求することができる場合に当ると考えて、被控訴人にこれを請求する意思があるかどうかを問いただした。これに対し被控訴人は、その意向があることを明らかにし、かつ、協会にその事実関係の調査を依頼する旨答えた。そこでSは、まず本件各テープの利用関係を調査すべく、昭和四〇年七月二六日頃、本件各フィルム及びテープを放映放送していた株式会社南日本放送及び株式会社熊本放送に、本件各テープを放送に使用することは被控訴人の有する翻訳著作権に基づく使用料請求の対象になりうると考えられるから、本件各テープの購入先、放送開始時期等を知らせてもらいたい旨電話で照会した。これに対し、数日後、熊本放送からは、問題があるなら民間放送連盟に仲裁を依頼して差支えない旨の返事があつたが、南日本放送では、同年八月頃、編成部長Yと同副部長Kの両名が協会へ来訪して、詳しい説明を求めた。そこでSは、なお翻訳著作権についての協会の考え方を説明したうえ、本件各テープについての翻訳著作権に基づく使用料については、南日本放送に支払を求めるとは言わないが、配給業者である訴外会社が支払に応じないときは南日本放送のほうでも考えてもらわなければならないようになるかもしれない、そのためには民間放送連盟に仲裁を依頼することも一案である旨述べたところ、Y、Kの両名もその趣旨を了承して帰つた。ところが、その後、訴外会社のI総務部長が被控訴人に電話して、被控訴人のとつた措置の不当をなじり、告訴するとか謝罪文を書けとか高圧的態度に出たので、被控訴人はSに対し、ことがめんどうになつては困るから本件各テープについての使用料請求のことはとりやめにしたいと申し出て、相談の結果問題を保留することとし、Sから南日本放送及び熊本放送に対し、こんどの問題は取止めにする旨電話で連絡して、それきりになつてしまい、その後互いに何の連絡交渉もしなかつた。

以上のとおり認めることができる。原審証人I、Rの各証言中以上の認定に反する部分は採用することができず、他に右認定を左右するに足る証拠はない。

右認定の事実によると、あたかも翻訳者の翻訳著作権に基づく使用料が問題になりはじめた当時、被控訴人が協会から本件各テープについてもこれを請求できるものである旨の説明を受けて、その放送利用の事実調査を協会に依頼したにすぎないものであり、また、協会においても、被控訴人の依頼を受けて、まず事実関係調査のため、南日本放送及び熊本放送に対し、本件各テープの購入先及び放送開始日などを照会したうえ、翻訳著作権とこれに基づく使用料との関係についての協会の考え方を説明して、本件各テープもその支払の対象となるべきものである旨、事実調査についての経緯の説明を加えた程度のことにすぎなかつたものといわなければならない。そして、本件各テープについて控訴会社に帰属する著作権が成立しているにせよ、それらが被控訴人の作成した翻訳台本に基づき、これに修正変更を加えて製作されたものである以上、本件各フィルムと共にするその放映放送に関し、被控訴人が特段の約定または了解を与えた事実がないかぎり、事実調査に及ぶことは、翻訳著作権者としてきわめて当然の所為というべきであり、右特段の約定または了解があつたことは、前記のとおり、これを認めるに足る証拠がない。したがつて、被控訴人のとつた前叙認定の措置は、翻訳著作権者としての正当な権利行使の範囲を逸脱して、本件各テープの製作者である控訴会社の営業上の信用を毀損するような違法性ある行為であつたということはできない。他に、被控訴人に右のような不法行為のあつたことを認めるに足りる証拠はない。

したがつて、被控訴人によつて営業上の信用が毀損されるべき不法行為が行なわれたことを原因とする控訴会社の本訴請求は、さらにその余の点について判断するまでもなく、理由がないといわざるをえない。

二乙事件の判断

被控訴人が請求の原因として主張する事実は、すべて当事者間に争がいがなく、控訴会社の甲事件における損害賠償の請求が理由のないものである以上、控訴会社の相殺の抗弁は理由のないことが明らかである。

したがつて、控訴会社に対し、翻訳料金四八、〇〇〇円及びこれに対する昭和四〇年一一月三〇日(本件訴状送達の日の翌日であることが記録上明らかである。)から完済まで年五分の民事法定利率による遅延損害金の支払を求める被控訴人の請求は、理由がある。

三むすび

よつて、控訴会社の甲事件の請求を棄却し、被控訴人の乙事件の請求を認容した原判決は、すべて正当であるから、本件控訴は理由なしとして棄却すべきものとし、控訴費用の負担について民事訴訟法第九五条、第八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(服部高顕 石沢健 滝川叡一)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例